2025 1月元旦
今年の初日の出は快晴で最高の景色。よい新年をお迎えられそうです。
5月11日~12日
風を追う旅路
朝の眠りと出発の狭間
塩尻駅前のビズホテルで目を覚ます。前夜の雨は上がったが、窓の外にはまだ冷たい風。時計は6時を指すが、体はぐずぐずと重い。支度をして bed head
のままベッドを抜け出すのはやや勇気がいる。朝食済ませると結局、7時30分を過ぎてようやく自転車を引き出し、空気を吸い込むようにペダルを踏み出した。
裏道の6キロ、まずは国道19号線を避け、静かな裏道へと足を運ぶ。風景が少しずつ開け、地面の感触が心地よい。車の往来は穏やかで、時折すれ違う人の視線にも、今日という旅の意味を感じながら、朝露の匂いのどかな旅路の象徴のようだった。
国道19号線と大型車の影
やがて19号線に合流すと、車の往来と大型トラックの影に気づく。速度を上げないと車に迷惑をかけたくない気持ちの狭間で、時速22~23キロ程度を保つ。上り坂は少しずつきつくなるが、それでも息を整え、コントロールを崩さないように進む。
木曽平沢でを観る
14キロ地点の贄川宿で、駅前と本宿の有る一段と静かな場所に寄り道,旧中山道に3~4キロで再び19号線へ戻り、21キロ地点の漆の里木曽平沢宿に到着。高級そうな漆塗り店が立ち並ぶ、雑貨店ぽい店で弁当箱と箸スプーンを購入し、旅の途中での小さな買い物は、木曽の香りを運んでくる。
奈良井宿への山越え
26キロ地点を過ぎ、奈良井宿へは30分~40分ほどの江戸時代の面影を残す道を進む。古い町並みを歩くと、現代の喧騒を忘れ、木組みの梁や石畳の音に耳を澄ませる。ここで旅のリズムを少し緩め、写真を撮りつつ、歴史の息吹を胸に刻む。
鳥居峠を越え、坂道の洗礼
奈良井宿をから林道の鳥居峠が現れる。駅前の観光案内の看板の左裏から坂道を登り始める。いきなり7~8%の斜度が現れ、しばらくは舗装されていたが、やがてダート道へと変わる。石がゴツゴツと転がり、松葉がブレーキに絡みつく。速度は落ち、ブレーキの効きが不安定になる。水をブレーキにかけて払おうとするが、再び絡みつく。最後には水が尽き、近くの小川でボトルを満たす。下りの爽快感を信じて、再び前へ。
峠のピークと薮原へ
ピークは30キロ地点近く。ここからの下りは比較的快適で、薮原まで36キロ地点を軽快に駆け下りる。
薮原へと続く36キロ地点。心拍はまだ安定しておらず、ペースは軽快とはいえ、脚には疲労の気配もある。だが、風は味方をしてくれるように、軽い降り坂を滑るように抜け、。41キロ地点で国道19号へ出ると、広がる景色に旅の実感が増す。今日は道の選択が正解だったのかもしれない。
45キロ地点、原野駅から国道へ再び合流。昼には福島宿で昼飯をとろうという検索しておいた、蕎麦屋を見つけたものの定休日。残念!、スーパーの灯りが混じる店前で、結局はお弁当を買い、ベンチで昼食を済ませる温かいご飯は身体を温め、疲労と空腹を少しずつ緩めてくれるから不思議だ。旅はいつも、計画通りには進まない。そのおかげで、見知らぬ場所の新鮮さと、身の回りの小さな救いに気づく余裕が生まれる。
再び国道19号へ戻り、野尻駅を目指して走る。77キロ地点、体力は底を打ちかけ、疲労は頭の中にもまとわりつくようだ。列車の時刻を調べてみても、1時間半待ち。駅前にはコンビニもなく、ここでの選択肢は先へ進むか列車か、天候と体力の具合に委ねられる。
それならば、と妻籠への道を選ぶ。交通量の多い19号線を避け、慎重に路肩を走るうち、気づけば最後の20キロほどは、歩道を選んで走る場面も増える。妻籠宿入口交差点に到達したのは85キロ地点。日が落ちかけ、5時を過ぎていた。
ここから上り坂を3キロ。ひと登りで、5時を過ぎていた。商店はすでに閉店し、観光客もまばら。静かな宿場町妻籠宿の情景が胸に染みわたる。閉ざされた店の灯り、静かな路地、通り過ぎる人影のいない石畳。仕方なく周囲を見学するほどの余裕はなく、ただ静かに風景を背中に、旅の終着点へと歩を進める。
3.5キロを下り、南木曽駅へ。駅前のスーパーでお酒とつまみを買い、中央本線の人となる。
90㎞ 10時間
9月21/22 猪苗代・会津観光
一日目 猪苗代湖一周ラン 70㎞ 若手に引っ張って貰い巡航スピード25㎞で完走
二日目 会津若松を観光してから湯野上温泉で終了 40㎞程
サイクリング紀行 — 会津をめぐる一日 —
ホテルを出発し、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、まずは飯盛山を目指した。白虎隊戦士の墓を訪れるのが、今日の旅の始まりだ。急な階段を覚悟していたが、思いがけずエスカレーターがあり、確か二百円を支払って山上へと運んでもらう。文明の利器に頼りながらも、気持ちはしっかりと幕末の歴史へ向かっていた。
、山上からは鶴ヶ城が見えるはずだったが、指差しで「あそこですよ」と教えてくれたお土産屋さんの言葉とは裏腹に、どうにも見つけることができない。当時は周囲に背の高い建物もなく、白虎隊の若者たちにははっきりと燃え落ちる天守が見えたのだろう。そう思うと、胸の奥が少し締めつけられるようだった。
登りと下りが交差しないで堂内の三十三観音を参拝出来る会津さざえ堂見後、山を降り七日町通りを奥へと進む。城下町の風情が今も色濃く残り、黒塀や蔵造りの建物が次々に現れる。昨夜ホテルで味わい、そのおいしさに感動した酒蔵のお酒を求め、再び立ち寄って四合瓶を二本、配送でお願いした。旅先で出会った味を、家でももう一度楽しめると思うと嬉しくなる。
次に野口英世青春通りを通り、味噌屋・満田屋へ。味噌田楽は気になったが、先に進む旅心が勝り、味噌を二種類だけ買い求めて鶴ヶ城へ向かった。お城までの道はよく整備され、ペダルが自然と軽く回る。
復元された赤瓦の天守は、維新戦争を生き抜いた会津の誇りを象徴するかのように堂々たる姿。白壁に赤い瓦がよく映え、訪れる人を魅了して離さない。しばし見上げて佇み、往時に思いを馳せた。
ここで昼食をとるつもりだったが、名物のソースカツ丼にも出会えず、そのまま湯野上温泉へ向かうことに。国道121号線へ入り、会津芦ノ牧温泉を過ぎた先のトンネルは、前日にサイクリングクラブの仲間から「危険だ」と聞かされていた。忠告どおり車はほとんど通らず、道自体は良いものの、谷へ降りてまた登る勾配がきつく脚に堪える。
迂回して再び121号線へ戻ると、ほどなくして線路越しに茅葺き屋根のレトロな湯野上温泉駅が見えてきた。大内宿へ行くつもりだったが、脚が完全に終わってしまい、駅で一休みして締めとすることに。バスで向かおうと時刻表を見るも、ちょうど発車したばかりで次は一時間半後。諦めて駅構内で売っていたおにぎりで小腹を満たし、JR.線の列車に乗った。
車窓からの眺めは噂に違わず素晴らしい。黄金に染まった稲穂が陽を受けて輝き、秋の会津をゆっくり流れていく。乗り換え駅の会津田島では予約した列車まで一時間。周囲に飲食店らしきものが見当たらず、駅のお土産屋で五家宝のようなお菓子を買い、さらに駅前で手に入れたりんごをかじりながら時間を過ごした。
ようやく特急スペーシアに乗り込み、昨夜買った酒の残りを少しずつ口に含む。旅の余韻と疲労が、心地よい酔いとともに身体を包み込む。秋の会津を走り抜けた一日は、こうしてやさしく幕を閉じた。
11月30日 クラブラン 蔦屋重三郎ゆかりの地めぐり
上野駅公園口 9:00 集合 9:30 スタート 参加者14名 30㎞程
上野公園入口付近 蜀山人の碑~葛飾北斎の墓~佐野政言の墓~鷲神社~弁天池~吉原神社~吉原大鳥居~耕書堂~蔦屋重三郎墓
12時、此処でお別れ。午後1時の予約に間に合うように店まで少し飛ばしながら帰る。